政治のおもしろさ

vol.3-1 「加治隆介」誕生秘話

test
(ゲスト)
弘兼 憲史さん (漫画家)
中田 宏さん (日本創新党 代表幹事、前横浜市市長)
(聞き手)
熊谷 正寿 (GMOインターネットグループ代表)
 
熊谷 今日は漫画家の弘兼憲史さんと、日本創新党の中田宏さんをお迎えしています。
弘兼さんには今日、この「弘兼憲史の日本の義」(ランダムハウス)という最近出たばかりの書籍をお持ちいただきました。私も先日拝読いたしましたが、政治の問題を実に分かりやすく解説しておられて、大変素晴らしい内容でした。若い人にもぜひ読んでいただきたいと思います。
ところで、弘兼さんには「加治隆介の議」という政治漫画の名作がありますね。このマンガをバイブルのように愛読している政治家も多いと聞いていますが、弘兼さんが政治をテーマにした作品を描こうと思われた動機はなんだったのでしょうか?
弘兼 僕は1947年生まれ、団塊の世代なんですね。そして大学には1966年に入学して、1970年に卒業した全共闘世代でもあります。ちょうど私が大学に通った4年間は、いわゆる70年安保に向かって、学生たちがアツく政治を語っていた時期なんです。だから多少なりとも私たちの世代の人間というのは、政治に関心があって、飲み屋に行ってもだいたい天下国家論を本気になって論じていました。
僕は漫画家になりましたが、常々、自分の漫画の読者の皆さんが、日本の政治についてどんなふうに考えているんだろう?と興味を持っていました。それで老婆心ながら、今、日本という国は世界からどんなふうに見られているんだろうということを漫画に描いてみようと思ったわけです。もっとも描き始めた当時は僕自身がまだ政治に詳しくなかったので、自分も一緒に学びながら描いたのが「加治隆介の議」です。
もちろん、それまでにも政治漫画があるにはあったのですが、政治家を悪役にして揶揄(やゆ)するような作品がほとんど。本気で政治を考えている若手の政治家を描いた漫画はありませんでした。だったら僕がトライしてみよう!と熱意を持って取り組んだ作品です。
中田 「加治隆介の議」はいつごろ描かれたんですか?
弘兼 1991年スタートで、その後約7年間の連載で描き続けました。
ちょうどバブルがはじけて、日本の経済が冬の時代に入ったころですね。
同時に政治の動きも激しかったころで、例えばニッポン新党が現れたり、細川護煕さんが衆議院議員になってわずか11日目で総理大臣に就任したりと、まさに「何でもアリ」の時代でした。事実は小説より漫画より奇なり、を地で行く時代だったんですよね。だから現実に負けないような面白い漫画を描こうという気持ちがありました。
中田 僕は連載当時から読んでいましたが、政治改革の話とか、現実の政治よりも弘兼さんの漫画の方が一歩先をいっているように感じていました。
弘兼 そうですね。そのころ書いた問題ってほとんどみんな未解決なんですよね(笑)。北朝鮮問題も書いたし、赤字国債問題も機密費の問題も描きました。最近になって自分で読みかえしてみたんですが、まるで今の問題と同じ(笑)。当時の問題がいっこうに解決してないってことですねえ。
熊谷 なぜ、何も解決できないんでしょう?
弘兼 そうですねえ、政治家が本当に国のために活動するのではなく、政治家としての自分の立場とか保身とか自分たちの政党の都合とかを考えて行動してしまうと、なかなか問題を解決することはできないということでしょうね。
熊谷 中田さんも「加治隆介の議」をお読みになったということですが、ぜひご感想をお聞かせ下さい。
中田 「加治隆介の議」は私にとってある意味、バイブルのような作品です。生意気なようですが、僕は加治隆介になったつもりで政治に取り組んでいるんですよ。僕がなんで政治家をやっているかというと、加治と同じように、今の社会をあるべき姿に正したいという気持ちを強くもっているからなんです。
たとえば、加治隆介が利益誘導ではない演説をやったら、農家の人からトマトを投げつけられるっていう印象的なシーンがありましたが、僕はまさにそれを地でやってきたつもりです。「業界の利益ではなくて社会の利益を高めない限りは、経済だってよくならないんですよ」っていう話を実際に毎日話して歩いています。僕は「加治隆介の議のような政治家は本当にいるんだよ」って説明する対象ですね。
弘兼 僕が最初に中田さんにお会いしたのは、この「加治隆介の議」のための取材で、当時参議院議員だった小池百合子さんの事務所に伺った時でした。当時中田さんは、小池さんの秘書をしておられたんですよね。その時に「今度、政治の漫画を描くんですよ。」って中田さんにお話しました。それ以来のお付き合いになりますねえ。

コメントは受け付けていません。